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1.松下嘉平治屋敷跡

同年生まれの豊臣秀吉と松下の二人が
戦乱の世に行きぬいた人生はいかばかり
だっただろうか・・・・ |
頭陀寺第1公園の一角の小さな林の中に 「松下嘉平治屋敷跡」 の石碑があります。
松下嘉兵衛(嘉平治)は家系によれば天文6年(1537年)三河の国に生まれ、今川家より封をうけて、頭陀山の砦を預かっていた様です。現在の頭陀寺はその頃頭陀寺城として近隣を領地とし、その城主(実際には年齢的に父長則が実権をにぎってい たであろうと思われる)でした。
またその屋敷は周囲を土塁と堀をめぐらした、小土豪のようで ありました。
豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎の頃(14歳〜17歳)に松下屋敷 に身を寄せており、秀吉と同年生まれのため意気投合しました。
しかし、今川軍が織田軍に敗れ松下嘉兵衛は宮口方面に逃げて 身を隠したが、秀吉が出世した後は家臣としてとりたてられ久野城主1万6千石の大名までになったそうです。
「遠州 松下嘉兵衛之綱とその一族」より |
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